他の地方にも生産業者はあったと思いますが、ネット上では現代まで職人さんが残っている地域以外の情報は皆無に近い状況です。
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和傘産地リスト(2005/09/09版)
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-東北-
■山形和傘(山形県山形市)
寛政元年(1789年)から。
水野藩の奨励で下級武士が始め、最盛期には100軒を数えたという。
■花巻傘(岩手県花巻市)
享和年間(1801〜04)頃、花巻に流浪してきた肥後熊本の士族千葉左近が
生計を立てるために傘を製造したのが起源と言われている。
最盛期の大正・昭和初期には50軒近くの製造元があった。
-北陸-
■金沢和傘(石川県金沢市)
文政年間(1818〜1829) に傘屋が80人いた記録が残っている。
傘職人が明治12年には180人、戦後でも和傘屋100軒を数えたが、洋傘の
普及とともに急速に数を減らした。
-中部-
■美濃和傘(岐阜県)
古今通して日本最大の和傘産地。
■阿島傘(長野県下伊那郡喬木村)
江戸時代から傘作りが始まる。
戦前の最盛期には百戸の業者を数えたという。
■山田傘(三重県伊勢市)
伊勢周辺で和傘が作られており、地名を取って山田傘と呼ばれた。
■伊賀傘(三重県伊賀市/上野市)
江戸中期より。
大正年間が最盛期で上野市内に2,300軒の業者が岐阜に次ぐ年360万本を
生産したという。
-近畿-
■京和傘
美濃以外に安定して供給できるのは京都くらいか。
-四国-
■美馬和傘(徳島県美馬町)
徳島県美馬町は岐阜に次ぐ和傘産地だったという。
■内子和傘(愛媛県内子町)
最盛期には和傘製造業者15軒を数えたという。
■高松和傘(香川県高松市)
明治20年より岐阜の日傘を参考に傘作りが始まったという。
-中国-
■淀江傘(鳥取県米子市淀江町)
昭和59年に最後の職人さんが廃業されてしまったとか。
-九州-
■城島和傘/筑後和傘(福岡県久留米市)
慶長6年(1601)より上山王神社の宮司が副業として始たという記録が
ある。昭和20年代半ば、城島町内には傘製造業者が100軒以上、500人
以上の職人がいたと言われていたが、昭和50年頃には一人を残すのみに
なった。
■山鹿傘(熊本県山鹿市)
里歌に「山鹿灯籠は骨なしなれど 骨が自慢の山鹿傘」とうたわれたと
いう名産品だったが昭和期に断絶。
■中津和傘(大分県中津市)
江戸時代中津藩以来。
1960年までは60軒ほどの業者があったという。
唯一残っていた千歳屋(松崎敬太郎代表)が2003年に生産を中止した。
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昔は番傘や蛇の目傘作ってるところが近くにあった、という方が居られましたが御連絡いただけると幸いです。
【和モノの最新記事】


最盛期には和傘製造業者15軒を数えたという。
…とありますが、今朝のテレビ(ch=NHK?)では、最盛期25軒と言っていました。
現在はたった1軒で内子町の「いずみ」さんとのこと。知りたいな!その泉さんの住所や電話番号
を! よろしく
そして情報提供有難うございます。製造業者だけなのか、問屋も含めてなのか、数え方も色々あるのでしょうね。次の版で追記しておきます。
実は和傘屋さん、職人さんの情報はは大方あつめてありまして、当然泉さんも含まれています。まだ公開できる形式ではありませんので以下を参考になさってください。
◇楽天トラベル
http://kanko.travel.rakuten.co.jp/resource/SHAH030006/
◇泉和傘店
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/kasa/